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技術ブログ

機械学習を社会に実装する

2019.11.28 いけだ ひろき
コラム 統計学
機械学習を社会に実装する


目次

はじめに:機械学習の社会実装

『機械学習』という言葉を聞いて何を思いつきますか?自動運転、顔認証、AI...。さながら映画のような世界が訪れるとワクワクしている人、その一方で「AIが人間の仕事を奪う」と憂いている人もいるでしょう。


目覚ましい機械学習技術の発展とともにメディアなどで盛大に取り上げられているため「機械学習(主にAI)を使えば何でもできそう!(もしくはできてしまう...)」と思っている方もいるのではないでしょうか?


しかしながら、機械学習は魔法ではありません。機械学習はそのアルゴリズムやディープラーニングを駆使し人間の脳の認識能力を模倣したり、計算処理を行っています。「機械学習、ディープラーニングとは?」と思った方は下記の記事を参照にしてください。特に機械学習についての2つはわかりやすくて概要を掴むのにぴったりです。





筆者は『機械学習技術は社会実装できる』と考えています。社会実装とは、社会技術研究開発センター(JST)が提唱した「社会の問題解決に資する研究開発成果の社会実装活動」を意味します。要するに技術を社会問題の解決に活用することです(例:介護ロボット、きゅうりやその他野菜の判別機 等)。ここでは社会問題の解決というよりも、私たちの日常生活に機械学習が実装される(根付いていく)という意味で使います。



機械学習技術の日常生活への実装、聞こえはいいのですがそれには予想外の弊害がいくつか存在します。1つ目は社会システムの問題。簡単に言えば機械学習技術に関する法律や有事の際の対処法などです。2つ目は使用者側の問題。後で例示しますが、技術の発展に人々の認知が追いついていないことを指します。そして3つ目が使用者と開発者も含めた人の問題。機械学習は絶対的な答えを見つけるものではなく、数ある選択肢の中から人にとって『より良い』ものを取ります。では『より良い』とは一体どういう意味でしょうか?


当記事はこの問題に直接的な答えを提示するものではなく『機械学習技術を社会、あるいは、日常生活に活用する』には何が問題になっているか?、という疑問を投げかけるものです。基本的に筆者の興味・関心に基づく分野に寄っているので悪しからず。


それでは機械学習に関する疑問を小見出し毎に分けているので、一緒に考えてみましょう。


日々の話のネタになれば幸いです。


自動運転は実現可能か?

機械学習""          

自動運転(車)が実現すればSFの世界のようでしょう。ここでの自動運転とは運転者がハンドルを持たなくても目的地までたどり着くことのできるような、完全自動運転を指します。今でも多くの車に走行中、障害物を検知して減速・停止するアシスト機能が付いていますが、当記事ではこれらは扱いません。

        
         

現在、フォルクスワーゲン社やフォード社が業務提携を結ぶなど世界の企業がこぞって自動運転車の開発に投資しています。しかし、自動運転車の開発、及び、社会実装には多くの問題が付随します。

        
        

1つ目は技術の問題。2016年に起きたテスラ社製の自動運転車での死亡事故は運転手の警告無視が原因と言われています。しかし2019年、ウーバー社の自動運転車が引き起こした死亡事故は交通ルールを無視した歩行者を車が認識できなかったため発生しました。このような問題は技術の発展とともに解決するでしょう。しかし、技術が発展した後に完全自動運転車が開発されても2つ目の問題が発生します。         
        

それは法律です。もし仮に自動運転車が事故を起こした場合は賠責補償はどうなるのでしょう。例えば現行の日本の法律では、事故を起こした際、運転者が賠償責任を負うと定められています。言い換えれば、人が車を運転する場合、運転者は『運転している人』なのでそこに賠償責任が生じます。では、完全自動運転車の場合、運転者は誰になるでしょう?運転席に座っていた人、もしくは、該当車の自動運転システムを開発した企業でしょうか?現段階ではこの責任の所在が非常に曖昧です。

        
        

また、少し話は違いますが、自動運転に際し大きな議論になっているハッキング問題が発生した場合はどう対処されうるのでしょうか?自動運転を可能にするネットワークを誰かがハッキングできれば、テロの武器に最適な技術になってしまいます。

        
        

不明瞭な部分が今後どのように明文化されるのか、みなさん気になるところではないでしょうか。いざとなった時の処置方法が曖昧なままであなたは喜んで自動運転車を使用しますか?

        

人間は機械学習技術を使いこなせるか?

機械学習""         
        

機械学習の社会実装において憂慮すべきは技術や法律だけの問題ではありません。機械学習の『使用者』にも問題は存在します。


アメリカ・ミシガン州フリント市の水道管施工の例を見てみましょう。同市では水道管に使用された素材が原因で深刻な水質汚染が発生していました。状況を深刻に捉えた科学者たちがGoogle社から支援を受け、どこの水道管を調査すべきか予測モデルの作成を行いました。しかしながら、市と施工会社はそのモデルを使用しませんでした。原因は施工会社のモデルの解釈に関する知識不足や、市長が住民からの支持を保つために行った政治的行動、予測モデルにより調査対象から外れうる住民の理解などが挙げられます。


ここで「無知は悪だ」、「政治は汚い」、「データ解釈ができないのは教育格差だ」なんてことを言いたいのではありません。あくまで主張したいのは、『いくら機械学習(もしくは、AI)技術が発達しようともそれを使うのは人間である』ということです。


使用者側が機械学習技術の使い方を理解していない、また、拒絶したりすれば、その技術は無駄になってしまいます(無論、無駄な技術や研究などない。のですが)。この例からわかるように機械学習の社会実装は、機械学習やデータ分析の知識を持ち合わせている人だけで成り立つものではありません。開発者側だけでなく、使用者側も機械学習に何ができて何ができないのかある程度理解しておくべきでしょう。


得体のしれない不気味で無機質な機械学習、ではなく社会問題や日々の生活で活用できる機械学習として周知するためにはどうすればいいでしょうか?


機械学習の判断を人は受け入れられるか?

機械学習""
         

冒頭で述べたように機械学習技術はめざましい発展を遂げています。その精度はますます上がり、応用される分野も拡大していき私たちの生活の中に深く根付いてきています。


しかし、どんなに機械学習技術が発達しても予測精度や正解率は100%にはなりません。もちろん生身の人間がおこなうより精度や計算速度が高くなるのは疑いようがないのですが。では、その100%ではない答えに多くの人は自身の選択を委ねることができるでしょうか?もしかすると、機械学習で出した選択肢は感情を排除しているためより客観的な判断が可能になるかもしれません。


そもそもデータには常にバイアスがかかっているので客観性については議論の余地があります。長くなってしまうので、後日別記事で同問題について書きます。


しかし、その正確性が100%でない以上、間違った判断をする可能性は0にはならないでしょう。


果たしてそれを多くの人たちは受け入れられるでしょうか?


自動運転の例で言えば、事故を完全に防げない完全自動運転バスに毎日乗るであろう老人は快く受け入れるでしょうか?フリントの例で言えば、ある地域の何十件かの家でたとえ80%の確率で問題ない水道管が使われていたと予測され、施工をしないと判断されたとします。果たして、そこに住む幼い子どもを持つ両親はその判断に納得するでしょうか?


人間が意思決定を行う際には感情や経験等、主観的な要素が入ります。そのため客観性でいえば機械学習を使った方がより合理的な判断をできるかもしれません。しかし、もし万が一、機械学習がその予想を外した場合はどうでしょう。


例えば、自身が乗っている完全自動運転車が事故に遭い後遺症が残ってしまいました。あなたはもう歩くことができません。あなたは「人間より精度の高い機械学習が判断したんだから仕方ない。」と自身の気持ちに折り合いをつけるでしょうか?水道管が施工されないと判断された地域に住んでいて、あなたの家族が何か重大な病気にかかってしまいました。「機械学習は完璧じゃないから仕方ない。」と疑いもなく言えるでしょうか?


『より良い』とは?

機械学習
   

最後に機械学習と人間の価値観・倫理観について議論を投げかけたいと思います。

  

繰り返しになりますが機械学習は数ある選択肢の中から『より良い』判断を下します。しかし、その『より良い』という判断をどうやって下すのでしょうか?これは予測精度に対する問いではなくて、何を持ってして、誰にとっての『より良い』なのか?という問いです。

     

Irving and Askell (2019)の"AI Safety Needs Social Scientist"によると、 そもそも 'better or worse' の受け取り方は人の価値観や倫理観によって異なるとあります。したがって、当著者達は機械学習の研究とともに、人そのものを対象とする研究も必要と述べています。

     

価値観や倫理観は個人の置かれてきた環境や信仰する宗教等、多くの要素によって左右されます。そのためすべての人に共通する『普遍的価値観』なるものは存在しません。例えば、有名な。これに対する答えは人それぞれなはずです。何が『より良くて』『正しい』のかという答えが明確でない以上、人の価値観や倫理観を機械に学習させることは果たして可能なのでしょうか?


Irving and Askell(2019)は機械学習側だけでなく人間側にも問題があり、人間自身も自分の持つ価値観や倫理観を説明できないと述べています。つまり、機械学習で使うデータに人間自身も説明できない概念が含まれてしまいます。


『より良い』という曖昧な概念、しかも、人もそれを説明できない。となると、人の価値観や倫理観に左右される事柄を機械学習を使って解決することはできるのでしょうか?


おわりに

 

機械学習技術は日々発展しています。上記で挙げた技術的問題は近い将来問題ではなくなるでしょう。しかし、それ以外の使う側の問題や、そもそも、人の価値観の違いなど機械学習で扱うべきかそもそも疑問を持つものもあります。


くどいようですが、機械学習は魔法ではありません。


使用者がその技術を使いこなせたとき初めてその価値を発揮するのではないでしょうか。機械学習は魔法でない故に全ての問題を『完璧』に解決できるわけではありません。あくまで、『より良い』選択を実行・提案するだけです。


そして、その『より良い』という判断基準も人の価値観・倫理観に基づくため決して『完璧』にはなりません。


世の中には機械学習やAIについて様々な記事や書籍が溢れています。明らかに嘘と判断できるものや不安を煽るものも数多く存在します(この記事ももしかすると嘘を述べているかもしれません)。それがすべての原因ではありませんが、人々を機械学習から遠ざけている一つの要素ではないでしょうか。機械学習を社会に役立てるようにする(社会実装する)には技術面の発達だけでは十分ではありません。それには使用者側も機械学習について知り、その技術を受け入れ、使いこなすための土台が必要となります。


当記事は数多く存在する機械学習に関する問題の解決方法を提案するものではありません。


『機械学習とは何なのか?』を知る際に一緒に機械学習の問題点や限界値なども知っておけば、よりその学びが楽しくなるのではと思い書いた次第です。


この機会に当記事内で投げかけた様々な問題点について、機械学習に精通する人や興味のある人はもちろん、機械学習に興味がない人、機械学習を忌み嫌っている人とも、話してみてはいかがでしょうか?


参考文献、サイト

         

ウーバーの自動運転車事故、交通違反の歩行者を認識せず AFPBB


国立研究開発法人科学技術振興機構


フォードとVW、業務提携を自動運転とEVに拡大 日経新聞


Irving, G. and Askell, A. (2019) "AI safety needs social scientists", Distill .


Madrigal, A. C. (2019) "How a feel-good AI story went wrong in Flint", The Atlantic , 03 Jan.


画像引用サイト(フリー素材)

         

PAKUTASO

         

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