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WalmartはAIをどう業務に組み込んだのか?AI BPRで読み解く業務変革の内容
Walmartは生成AIを活用した翻訳エンジンを作り、翻訳コストを99%削減しました。年間約2,500万ドルかけていた翻訳作業を、AIを組み込んだ「Walmart Translation Platform(WTP)」に置き換えることに成功しました。成功のポイントは、単純に単語を置き換える(翻訳する)ことではなく、意味・意図を汲んで訳したことでした。
その成功のポイントを整理すると、AWSが提唱する「AI BPR」というフレームワークとの類似性が見えてきました。本記事では、WalmartによるWTP置き換え方法、つまりAIを業務に組み込んだ際の成功ポイントを、AI BPRに当てはめて解説します。
1.はじめに
Product SchoolのポッドキャストにWalmart InternationalのCPOであるTim Simmons氏が登場しました。ECサイトの現地語対応(ローカライゼーション・翻訳)のためにAIを活用し、翻訳コストを99%削減するという大きな成果をあげた内容です。
ポッドキャストでは、技術的な内容に留まらず、翻訳精度が顧客の「信頼」に直結するという視点が語られていた点が印象的でした。単純に単語を置き換えるのではなく、意味・意図を訳すことがブランドへの信頼を左右し、売上につながる。この内容は、現地語対応を「翻訳は訳すだけだから安く済ませよう」と捉えがちな見方に一石を投じるものでした。
注目したいことは、翻訳でのAIの使い方です。全てをAIに丸投げして人を外すのではなく、AIに作業を実施させつつ、要所では人間が関与して判断する。この役割分担の設計が、これからAIを活用しようとする企業にとって参考になると感じています。
さらにWalmart自身は、18カ国・30ブランドという小売事業の「複雑性」を、AIにとってはむしろ強みになると捉えています。複雑だからこそAIが学習して賢くなる、という発想です。ここには、「AIに業務を委譲しつつも、最後は人間が判断を下す」「AIの使い所は、自社の競争力を最も高めるところに定める」という考え方が表れています。これは、AI BPRの要素でもあります。
本記事では、Walmartの事例から得た気づきを、みなさまのAI活用に活かせるようにAI BPRというフレームワークに合わせて紹介します。読み終えたときに、自社業務に対して、AI活用の第一歩目を踏み出せる状態になること、それが本記事の狙いです。
2.AI BPRの定義:ビジネスモデルを再構築する4Step
AI BPRの紹介はこちら:Amazon Web Services ブログ/AI 駆動の業務変革手法 :「課題は何ですか?」と聞くのをやめた日
まず、本記事の軸となるAI BPRについて紹介します。
AI BPRは、AWSが提供するビジネスモデルや業務プロセスをAIエージェント前提に組み替えるためのプログラムです。ファシリテーション・技術検証・成果物作成といった一連のプロセスをAIエージェントが実施することで従来より短期間で、AIの使い所の発見・展開計画の作成までを行います。
従来のBPR(業務プロセス改革)が「今の業務の何が問題か?」という課題起点で始まることに対し、AI BPRは次の3つの考え方を出発点に据えています。
- 強み起点であること。問題を探すのではなく、自社がすでに顧客に提供できている価値や、市場・社内で認知されている強みをまず発見します。そのうえで、「どうすればその強みをさらに強化し、顧客価値を高められるか」を考えます。
- 心理的安全なロールシフト。業務プロセスを構成する一つひとつの要素について、「AIエージェントに委譲するのか、それとも人間が価値を高めて卓越させるのか」を判断し、「何を手放し、何に集中するか」を当事者自身が能動的に決めていきます。
- 即時的フィードバック。AIとの対話を通じて成果物をその場で作成するため、「持ち帰り時間ゼロ」で検討を前に進められます。 従来のBPRが課題起点の「問題解決志向」で設計されることに対し、AI BPRは実際の業務をAIとの対話で観察し、あるべき姿をシミュレーションしながら描いていく、観察と探索を起点とするアプローチです。結果として、業務を担う人がAIとの対話を通じてAI検討に関与できるようになり、専門家に閉じないBPRの展開が実現します。
そして、この考えは次の4つのStepに落とし込まれています。
これらが「課題を探して潰す」プロセスではなく、「自社の強みを起点に、AIと人の役割を組み直す」プロセスということです。AIにすべてをアウトソースするのではなく、業務の当事者が判断を重ねながら自社の業務を見つめ直すことを大切にしています。
それでは、次の章からはWalmartの事例をAI BPRの各Stepに当てはめてみていきましょう。
3. Walmart事例の解説:AI BPRを当てはめて整理する
まずはじめに、各Stepの内容とWalmartの取り組みを整理します。Stepごとによく当てはまる(適合度が高い)箇所とそうでない箇所があります。本記事では、適合度が高い部分にフォーカスしてWalmartが成功した要因を探っていきます。

このように、Walmartの翻訳の取り組みは、AI BPRのStep1〜3に当てはまります。一方でStep 4は、ポッドキャストでは、語られている情報が乏しく当てはめきれません。
次章からは、適合度の高いStep 1〜3に焦点を当て、それぞれのStepでWalmartが何を判断し、なぜ成功できたのかを掘り下げていきます。
3-1. Observe(業務フロー可視化):翻訳を「データの変換」から「顧客体験の向上」へ再定義する
まず最初のObserveでは、現状の業務を観察し業務フローを描きながら、業務フロー上のどこに、強み・価値・リスクがあるのかを発見するStepです。
WalmartはこのStepで、ECサイトでの翻訳は、単なる「言葉の置き換え」ではなく、文化的文脈を含んだ「意図の変換」であり、それが多言語展開しているECサイトでの価値であり強みである(=それができているとよく売れる)と発見しました。
ここで言う「意図」とは、単なる商品説明の文字列(データ)を、その地域の顧客が自然に受け入れる文脈へと変換することを指します。例えば、同じスペイン語圏であっても、メキシコ、チリ、米国では「Tシャツ」を指す最適な語彙が異なります。もし単純な機械翻訳APIを利用した場合、文法的には正しくても現地の文化に合わない違和感のある表現が出力されます。ECサイトにおいて、このような微細な文脈の欠如は検索精度の低下や購買率の悪化に直結し、結果として顧客の71%が体験への信頼を失って離脱するというリスクを生みます。Walmartは、この翻訳品質を単なる言語の問題ではなく、「稼ぐ力」を左右する最重要課題と捉えました。
3-2. Shift(AI 委譲判断):効果的なAIと人間の役割分担の設計
次のStepであるShiftでは、AIに委譲できる役割を特定し、人間とAIの分担を再設計します。
Walmartは、翻訳をただの作業として扱うのではなく、Walmart Translation Platform(WTP)として3層構造のオーケストレーションに組み替えました。第1層は人間の文化エキスパートで、単に単語を直すのではなく「機械が次回より賢くなるための文脈・ルール」を記述します。第2層はモデル群で、第1パスをニューラル機械翻訳が担い、品質レビューをLLMが行います。第3層はデータパイプで、適切なシグナルが次の精度向上にフィードバックされます。 この設計の要点は、「大量・定型の一次翻訳」はAI(ニューラル機械翻訳)に委ね、「どの語彙・表現がその地域で自然か」という文化的判断は人間が起点として担う、という役割分担にあります。
たとえば3-1で触れたように、スペイン語で「Tシャツ」を指す最適な語彙はメキシコ・チリ・米国でそれぞれ異なります。同様に、スペイン語の「ropa vieja」は「古着」ではなくキューバの牛肉料理を指し、英語の「kitchen island(キッチンの作業台)」はフランス語で「lot(=ひと山・ロット)」と訳すと別の商品へ誘導してしまうため「îlot」と訳す必要があります[1]。
通常の翻訳では誤りやすいこうしたニュアンスを、人間が文脈として理解し、AIへ学習させることで、適切な翻訳ができる仕組みにしています。
こうした役割分担を支えるのが、見出しに掲げた「オーケストレーター(指揮者)」の発想です。Walmartは、個々のタスクをこなすエージェントを並べるだけでなく、あるエージェントの出力を次へ受け渡し、エンドツーエンドのワークフローを進める"プロジェクトマネージャー型"のエージェント=オーケストレーターを構築しています。人間(PM)が細かなタスクごとに各エージェントとやり取りするのではなく、異常検知や判断が必要な場面でだけ人間にアラートが上がる。この設計により、人間を要所に残しながら効率と品質を両立させています。
この役割分担は、AI BPRが掲げる「心理的安全なロールシフト」そのものです。「何をAIに手放し、何に人間が集中するか」を当事者自身が能動的に決めることで、AIは"人の仕事を奪うもの"ではなく"人の判断を増幅するもの"として業務に組み込まれていきます。
[1] これらの例は、Tim Simmons氏が出演したポッドキャスト(Product School, The Product Podcast E285)ではなく、Walmartの公式発表に基づく。出典:Walmart corporate "¿Cómo se Dice?"(2025年9月17日, corporate.walmart.com)、および HBS Dealer "How Walmart is overcoming language barriers"(2025年9月24日)。
3-3. Simulate(プロトタイプ検証):複雑さを競争優位に変えるための考え
Simulateでは、AIが組み込まれた後のプロセスを設計・検証します。AI BPRでは、実際にシステムを構築しなくとも、サンプル成果物を作成できるため、すぐにアイデアの効果検証ができます。
Walmartが構築したWTPには、人間が記述した文脈・ルールをモデルが学習し、その出力をデータパイプ経由でフィードバックして精度を高めていく仕組みがあります。 いきなり完成形を目指すのではなく、どの程度改善を繰り返すと求める精度に届くか、シミュレーションしながら改善を重ねたと考えられ、その積み重ねの結果として、22言語・毎月数百万点を1件20ms以内で処理し、翻訳コストを99%削減する水準に到達しました。
また、こうした想定外の事象がシステム(翻訳API)を構築してから判明した場合、改修の工数が必要になり、時にはプロジェクトが頓挫するきっかけにもなりかねません。
複雑さは「負債」から「競争優位の源泉」へ: 注目したいことは、AIの活用によって「効率(大幅なコスト削減)」と「地域ごとの個別最適」を同時に成立させられるようになった点です。この両立が可能になったことで、「複雑さ」に対する捉え方は根本から変わります。 従来、地域の言語差異や業務の例外といった複雑さは、運用コストを押し上げる「負債」として極力削るべき対象でした。 しかしAI BPRは「課題解決」ではなく「自社の強み」にフォーカスすることにより、この複雑さをAIに学習させ、「模倣困難な競争優位の源泉」へと変換しました。Walmartが各国の文化的差異を削らずにシステムに取り込んだことも、まさにこの考えと重なっていますね。
4. おわりに
ここまでWalmartの変革をAI BPRのObserve・Shift・Simulateに沿って読み解いてきました。
Walmartの事例では、Forecastに適合する内容は語られていませんでしたが、AI BPRでは最後にForecastのStepがあります。
Forecastでは、Simulateで実証した変革を「いつ・どこから・どの順で広げていくか」という実行計画(ロードマップ)に落とし込みます。今回のWalmartの事例では、将来の展開計画まで詳しく語られていなかったため深くは触れませんでしたが、本来このStepは、変革を実行するために欠かせないStepです。
Walmartの成功は「高性能な翻訳AIを導入したから」ではありませんでした。
Observeで翻訳を「単語の置き換え」ではなく「顧客体験=稼ぐ力」として発見し、Shiftで一次翻訳をAIへ・文化的判断を人間へと役割分担し、Simulateで実運用を通じてその効果を数字で実証する。 この一連の流れ、すなわち「自社の強みを起点に、AIと人の役割を設計し直したこと」こそが本質でした。
とりわけ示唆的なのは、18カ国・30ブランドという事業の「複雑性」を、削るべき負債ではなく、AIに学習させて競争優位に変える資産として捉え直した点です。これは、課題を探して潰す従来型のBPRとは正反対の、「強み起点」というAI BPRの考えを体現しています。 裏を返せば、AIの活用でつまずく多くのケースは、技術や製品そのものの問題ではなく、「どの業務を、どこまでAIに委ね、どこで人が価値を出すのか」という役割設計が曖昧なまま進めてしまうことに起因します。
だからこそ、出発点に置くべき問いは製品選びではありません。
「どのAI製品を導入するか」という近視的な問いではなく、「AIが自然に駆動する業務・組織のアーキテクチャをどう描くか」に注力すること。それこそが、AIを活用する組織が注力したい本質的なビジネス変革です。
当社は、AWSの共創パートナーとして、企業の業務をAI前提で再設計するAWS Japan 様共催ワークショップを提供しています。 自社業務へのAI適用にAI BPRを活用したい方は、ぜひご相談ください。