2025年7月アーカイブ


  1. はじめに
  2. SRE文化が根付かない典型的な失敗パターン
  3. "失敗から学ぶ成功への実践的ステップ
  4. 文化定着を支えるアプローチ
  5. まとめ


1. はじめに

SRE(Site Reliability Engineering)は、可用性やスケーラビリティを技術的に高めるだけでなく、組織全体の文化にも大きな変革をもたらすアプローチです。しかし、理論やツールが理解されていても、いざ現場に導入しようとすると「思ったよりうまくいかない」と感じるケースは少なくありません。

その主な原因は、技術導入と並行して求められる"文化の変化"が見過ごされがちであることです。開発と運用の壁、レガシーな慣習、心理的な抵抗──これらを乗り越えなければ、SREの真の価値は発揮されません。

本記事では、SRE文化の定着を目指す中で実際に起きやすい失敗例を挙げ、それをどう乗り越えていくかを実践的に解説します。技術と組織の両面から「信頼性の文化」を根付かせるためのヒントをお届けします。


2. SRE文化が根付かない典型的な失敗パターン

SREを導入する際に多くの組織が直面するのは、「技術的には問題がないのに、なぜかうまくいかない」という現象です。その裏には、組織文化や人間関係に起因する様々な障壁が存在します。以下は、SRE文化が定着しない典型的な失敗パターンです。

  • SREチームの"孤立"問題
    SREチームを作ったものの、既存の開発・運用部門との連携が不足し、SREだけが特別な役割を担う"外部チーム"のように扱われてしまうケースです。この場合、現場からの信頼を得られず、情報共有や改善提案が受け入れられないまま孤立し、早期に機能不全に陥ることがあります。
  • レガシー文化との衝突
    「障害はあってはならない」「ミスは責任を追及すべき」という旧来の考え方が根強い組織では、SREが推進する"Blameless Postmortem(責任追及のない事後検証)"の文化が浸透せず、改善の機会が逆に現場の萎縮を招くこともあります。
  • 経営層・マネジメントの無理解
    SREが扱う指標(SLOやエラーバジェットなど)が経営層に理解されず、「なぜこんなに時間を使うのか」「その取り組みの価値は?」と問われるばかりで支援が得られず、結果として現場主導でしか動けなくなる場合もあります。

これらの失敗は、単なる実装ミスではなく、「SRE文化の理解と共有が足りなかったこと」に起因します。


3. 失敗から学ぶ成功への実践的ステップ

SRE文化の定着に失敗したからといって、それが終わりではありません。むしろ、現場で起きた混乱や衝突から多くの学びを得ることができます。ここでは、失敗を乗り越え、SRE文化を根付かせるための実践的ステップを紹介します。

  • 価値共有のための「対話の場」づくり
    文化は押し付けでは根付きません。まず重要なのは、SREの目的や価値を現場のメンバーと共有することです。具体的には、SREで取り組む課題がどのようにユーザー体験やビジネス成果に繋がるのかを、開発・運用・マネジメントを交えて話し合う機会を設けることが効果的です。ワークショップやオープンミーティングのような場が有効です。
  • 経営層の巻き込みとスポンサーシップの確保
    SRE文化の推進には、経営層の理解と支援が欠かせません。特にSLOやエラーバジェットの活用には、組織全体の合意が必要です。経営層にとってのメリット(例:障害コストの削減、顧客満足度の向上など)を明確に伝えることで、リーダーシップの支援を得やすくなります。
  • 信頼と協力を醸成する関係構築
    SREは「信頼のエンジニアリング」とも言われます。技術だけでなく、人と人の信頼関係の構築が文化の土台になります。障害対応を通じて得られた気づきを丁寧に共有したり、SREメンバーが他チームのレビューや設計支援に積極的に関わることで、協力体制を築いていくことができます。

これらのステップを踏むことで、SREは単なる「新しい役割」ではなく、組織の信頼性文化の担い手として、徐々にその価値を発揮していきます。


4. 文化定着を支えるアプローチ

SRE文化を根付かせるためには、「行動を促す仕組みづくり」が欠かせません。技術的なツールや実践は、その文化を持続的に育てる土壌となります。ここでは、文化定着を支援する具体的なアプローチを紹介します。


4-1.ポストモーテムの導入

障害やトラブルはゼロにはできません。大切なのは、それを「誰かの責任」にするのではなく、「組織の学び」に変えることです。ポストモーテム(事後検証)の実施は、SREにおいて最も重要な文化のひとつです。

まず意識すべきなのは、「何が起きたのか」よりも「なぜ防げなかったのか」を掘り下げ、再発防止と組織全体の知見に昇華する視点です。ここでは、責任追及を避けたオープンな対話と、再発防止策の透明な共有が鍵となります。

初期段階では、シンプルなテンプレートや定例会議の中で振り返りを習慣化することが効果的です。重要なのは、継続して実施し、その結果が改善に反映されていくこと。そして、ポストモーテムを「やらされるもの」ではなく、チームの信頼構築や成長に欠かせないプロセスとして捉えていくことです。この文化を育てるには、現場だけでなくマネジメント層が率先して「責めない振り返り」を支援し、改善提案が歓迎される土壌を整える必要があります。


4-2.ナレッジ共有プラットフォームの活用

SREの知見やベストプラクティスを、属人化させず組織全体に浸透させるには、ナレッジ共有のための仕組みが必要です。NotionやConfluenceなどのツールを使い、障害対応の学びや運用ノウハウをドキュメント化・検索可能にしておくことで、新メンバーのオンボーディングや継続的改善が促進されます。


4-3.エラーバジェットによるバランス最適化

エラーバジェット(Error Budget)は、信頼性とリリース速度のバランスを可視化する仕組みで、文化的な協調を促す有効な手段です。一定の障害許容範囲を設定し、それを超えた場合は改善に集中するというルールをチームで合意することで、単なる"責任の押し付け合い"から脱却し、合理的な意思決定が可能になります。


4-4.率直な意見が言える職場づくり

率直な意見が言える職場をつくるには、「言っても大丈夫だ」と感じられる空気と、それを支える日々のやり取りの積み重ねが欠かせません。発言しても否定されたり責められたりしないという安心感がなければ、どれだけ制度や場を用意しても、本音は出てきません。この安心感は、上司や先輩が自らの失敗や疑問をオープンに話す姿勢や、どんな意見にも耳を傾ける態度を示すことで、少しずつ育っていくものです。

また、「ちょっと気になった」「違和感がある」といった小さな気づきでも気軽に口に出せるようなやり取りが日常的に行われている職場では、率直な意見が自然に交わされるようになります。こうした声が出やすい環境では、設計レビューや障害対応の振り返りなどでも立場に関係なく意見が共有されやすく、結果として学びや改善のサイクルが自律的に回り始めます。重要なのは、特別な取り組みや形式張った議論ではなく、「気づいたことを気軽に共有できる」関係性が根付いていることです。声を引き出そうとするのではなく、声が自然にあがる雰囲気を育てていくこと。そうした職場づくりが、信頼と柔軟性のある文化の土台になります。


5. まとめ

SREを成功させる鍵は、技術だけでなく文化にあります。どれほど優れたツールや理論を導入しても、それが現場で機能するかどうかは、チームの信頼関係や共通理解、そして心理的安全性に大きく依存しています。

今回ご紹介したように、SRE文化が根付かない原因の多くは「人と組織」に起因するものです。しかし、その失敗を通じて得られる教訓を活かせば、SREは単なる改善活動ではなく、組織をより強靭にするための"文化的な進化"へとつながります。

技術と人、どちらか一方に偏らず、両輪で進めていくこと。SRE文化の定着とは、そのバランスを見つけるプロセスそのものです。

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  1. 動いてはいるけど、本当に大丈夫?
  2. クラウド運用に潜む「よくある違和感」
  3. "健康診断"は現状把握のための第一歩
  4. 今すぐ始められる「クラウド最適化チェックシート」とは?
  5. 放置せず、今から変えられること
  6. まとめ:安心の第一歩は"自分の現状を知る"ことから


1.動いてはいるけど、本当に大丈夫?

システムは動いている。アラートも出ていないし、大きな障害も起きていない。
でも、「このままで、本当に大丈夫なのだろうか?」そう感じたことはありませんか?

  • モニタリングの設定、最後に見直したのはいつ?
  • 最近レスポンスが遅い気がするけど、原因はわからない
  • アラートは出てないけど、ちゃんと検知できているのか不安
  • 新しいクラウドサービスを導入したが、現場がうまく活用できていない気がする

こうした"なんとなくの違和感"は、実は"システムの不調の前兆"かもしれません。
さらに、

  • 一部の担当者しかシステムを把握しておらず、属人化している
  • 運用の判断が暗黙知で回っていて、誰も全体像を把握していない

といった組織構造のゆがみが重なれば、いざというときの対応力も大きく損なわれます。
人間の体で言えば、「少し疲れやすくなった」「最近、検査を受けていない」そんな兆しがあるときに、健康診断を受けるのと同じです。 大きなトラブルが起きる前に、"今の状態"を見える化しておくこと。それが、これからのクラウド運用における「健康管理の第一歩」です。


2.クラウド運用に潜む「よくある違和感」

システム運用において、すぐに大きな問題が起こるわけではないけれど、「ちょっと気になる」違和感を感じたことはありませんか?
以下のような小さなサインは、クラウド環境の"健康状態"が揺らいでいる兆しかもしれません。

技術面の違和感

  • モニタリングは設定しているけど、アラートの精度が低く"鳴りっぱなし"になっている
  • CPUやメモリの使用率が高く、ピークタイムはヒヤヒヤしている
  • 障害のたびに"応急処置"が繰り返され、根本的な対策が取れていない
  • ログは蓄積されているけど、見直しも分析もできていない

運用体制に関する違和感

  • 担当者の頭の中にしか構成や運用ノウハウがなく、属人化している
  • ドキュメントはあるが古く、実態と乖離している
  • 新技術を導入したものの、使いこなせていない
  • リリースや障害対応が毎回"手作業"でバラバラ

これらは単なる"あるある話"ではありません。すべて、"運用の見えないリスク"として蓄積されていくものです。目の前ではシステムが動いていても、こうした違和感を放置していると、ある日突然、大きな障害や運用トラブルとして表面化することも珍しくありません。
人間の体でも、「最近疲れやすいな」「食欲が落ちたかも」といった"なんとなく"の違和感が、実は体調不良のサインだった、ということがありますよね。クラウド運用も人間の体と同じで、小さな違和感に気づいたときこそ、健康診断=現状の見える化を始める絶好のタイミングです。


3."健康診断"は現状把握のための第一歩

「今、どんな状態なのか?」それがわからなければ、適切な判断も、効果的な改善もできません。
クラウド運用も同様です。システムがどう使われ、どこに負荷がかかり、どんな異常の兆しがあるのか。それを正しく把握するには、'健康診断=見える化の仕組み"が必要です。

人間の健康診断と同じ構造

私たちは年に一度、健康診断を受けて、

  • 血液検査で数値を見たり
  • 胃カメラで異常を探したり
  • 医師から生活習慣のアドバイスを受けたりします

それは、病気になった後ではなく、"今の自分の状態"を知るための行動です。クラウド運用でも、以下のような視点で現状を定点観測して可視化することが重要です。

  • CPUやメモリの使用状況は?
  • アラートは本当に機能しているか?
  • インフラ構成に無駄や偏りはないか?
  • 属人化・負荷集中は起きていないか?

健康診断は、「問題の有無」を確認するものではない

"今すぐ障害が起きるかどうか"を見抜くのではなく、"このまま放っておくと、問題が起きそう"という"兆しに気づく"ことが本質です。

それによって以下のような行動指針が見えてきます。

  • どこを優先的に見直せばいいのか
  • 何を続けていけばいいのか
  • 将来的に起こりうるリスクをどう予防できるか

小さな異常が大きな障害につながる前に、今の運用を俯瞰してチェックしてみることが、安定したクラウド活用の第一歩です。


4.今すぐ始められる『クラウド最適化チェックシート』とは?

「システムの健康診断が必要なのは分かったけど、何から手をつければいいかわからない」そんな方に向けて、すぐに・手軽に・客観的に自社のクラウド運用を診断できるのが、 アクセルユニバースが提供する 『クラウド最適化チェックシート』です。

クラウド最適化チェックシート


クラウド最適化チェックシートの特徴

  • 所要時間:約5分
    → 忙しい現場でも使いやすい、3択で答えるだけのシンプルな設問構成

  • 非エンジニアでもOK
    → 技術に詳しくなくても、業務視点で回答できる内容

  • 30項目で多角的にチェック
    → コスト、セキュリティ、スケーラビリティ、構成、人材、組織などを総合評価

  • 現状の"体質"が見えてくる
    → "このままでよいこと"・"すぐ見直したほうがいいこと"が明確に

チェック内容のカテゴリ例

チェック内容のカテゴリ例


なぜ"チェック"するだけでも意味があるのか?

  • 問題を"意識できる"こと自体が、改善の第一歩
  • 曖昧だった"違和感"が、設問を通じて明確になる
  • 社内で共通の言語として議論できるようになる

つまり、これは単なるアンケートではなく、"今の自社のクラウド運用を、冷静に見直すためのフレームワーク"ともなります。


5.放置せず、今から変えられること

健康診断は、異常を見つけることが目的ではありません。現状に問題がないか、今後に向けてできることがないかをチェックしたり、"少しの違和感"に気づいたときは、悪化を防ぐために行う予防的な行動です。

クラウド運用でも同じです。チェックシートで明らかになった"体質の傾向"や"構造的な歪み"は、小さな対応からでも着実に改善できます。

例えば、以下の改善が考えられます。

  • アラートの見直し
    → "鳴らない or 鳴りすぎ"から、意味ある通知へ整理

  • 属人化の分散
    → ドキュメント化・チーム共有・担当範囲の明確化

  • コストの最適化
    → 使われていないリソースの整理、リザーブドインスタンスの活用

  • 運用自動化の導入
    → 毎回の手作業を、ツールやスクリプトで軽量化

  • 改善の優先順位づけ
    → "重要だけど緊急ではないこと"に取り組む体制づくり

重要なのは、"全体最適"を視野に入れること。

単発的な"対処"ではなく、"自社の体質や現場の運用スタイルに合った全体最適化"を考えることが、将来のトラブル予防と継続的な成長につながります。

アクセルユニバースでは、チェックシート結果をもとにした技術面・体制面の改善提案や運用サポートも提供可能です。「自社に最適なクラウド活用って、どうすればいいの?」という疑問をおもちであれば、一緒に解消していきましょう。


6.まとめ:安心の第一歩は"自分の現状を知る"ことから

クラウド運用において、「なんとなく大丈夫そう」という感覚は、ときに危険な錯覚です。 障害が起きていない今こそが、"現状を見直す"チャンスなのです。

  • システムは順調に動いているように見えるけれど、違和感はありませんか?
  • 属人化や運用ルールの曖昧さに、不安を感じていませんか?
  • クラウドサービスを導入したけれど、活用できている実感が持てない

こうした不安は、すぐに表面化するわけではありません。だからこそ、先回りして"健康診断"を行い、体質を把握することが重要です。 診断した結果、すべて問題がなければ、それが安心材料になります。もし改善点が見つかっても、今ならまだ間に合います。 クラウド運用に必要なのは、"偶然に頼った安定"ではなく、"意図してつくる信頼性"です。

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  1. はじめに
  2. よくあるツールチェーンの失敗例
  3. なぜツールが機能しないのか?本質的な原因を探る
  4. ツールを活かすための設計と運用のポイント
  5. 技術的アプローチ:閾値設計・連携基盤・OSSと商用の使い分け
  6. まとめ


1.はじめに

SREの実践を支える基盤として、モニタリング、アラート、CI/CD、自動化といったツールチェーンの整備は欠かせません。しかし、「最新の監視ツールを導入した」「CIパイプラインを構築した」といった形式的な整備を終えても、なぜか効果を実感できないという声が後を絶ちません。

その理由としては、ツールはあくまで手段であり、目的に即した設計や運用体制が伴わなければ、その真価を発揮することはできない、ということが考えられます。むしろ、適切に管理されないツール群は、情報のノイズ源や管理負荷の原因となり、現場に混乱をもたらします。

本記事では、SREツールチェーンで見落とされがちな落とし穴を明らかにし、ツールを効果的に機能させるための実践的なポイントを解説します。


2.よくあるツールチェーンの失敗例

SREにおいてツールは信頼性とスピードを支える柱ですが、導入方法を誤るとその効果は限定的になります。以下は、実際によく見られる失敗パターンです。

(1)アラートの氾濫で本質を見失う

複数の監視ツールを導入したものの、各ツールから大量のアラートが発生し、本当に重要な警告を見落としてしまう事例は珍しくありません。アラート疲れにより対応が形骸化し、結果として障害の早期検知や対処に失敗するケースもあります。

(2)ツールの重複と無駄な管理コスト

異なるチームが別々の監視・ログ・デプロイツールを導入し、全体での統制が取れず、類似機能を持つツールが混在するパターンです。このような状態では、ツールの学習コストや管理負荷が増すばかりか、情報の一貫性が保てず、判断ミスを誘発します。

(3)運用プロセスとツールが乖離している

例えば、CI/CDツールが導入されているにもかかわらず、コードレビューや検証プロセスが人手依存のまま残っていて、結果としてリリースのスピードが上がらないといった事例です。ツールだけが"前に進み"、現場の運用習慣が追いつかない状況では、本来の効果は得られません。

これらの失敗に共通するのは、「ツール導入を目的化してしまう」点です。本来、ツールは課題解決の手段であり、現場のプロセスや目的に合わせて設計・運用されるべきなのです。


3.なぜツールが機能しないのか?本質的な原因を探る

「最新ツールを導入したのに、なぜ効果が出ないのか?」──この疑問の背景には、ツール活用における本質的な課題が潜んでいます。以下のような原因が、多くの組織で共通して見られます。

(1)導入目的が曖昧なままツールを選定している

「話題だから」「他社も使っているから」といった理由で導入したツールは、組織の課題と噛み合わず、結果として使いこなされないまま放置されることが多くあります。まずは「どんな問題を解決したいのか」「どんな成果を期待しているのか」を明確に定義することが重要です。

(2)ツール運用を担う体制・プロセスが整っていない

例えば、モニタリングツールを導入しても、アラートルールの設計や定期的なレビュー体制が整っていなければ、次第にノイズが増えて形骸化してしまいます。ツールは"継続的に育てていく"前提で運用設計されるべきです。

(3)導入後のチューニングや教育が不十分

初期設定のまま放置されたツールは、現場の変化に追いつけず、無駄な通知や見逃しを生み出します。また、チーム全体がツールの使い方や目的を共有できていない場合、誤解や運用ミスの温床にもなります。導入後のフォローアップこそが、ツール活用の成否を左右します。   これらの原因を放置すると、ツールは「便利な道具」から「負担と混乱の源」へと変わってしまいます。


4.ツールを活かすための設計と運用のポイント

ツールチェーンを効果的に機能させるためには、導入そのものよりも「その後の活用設計と運用プロセス」が重要です。以下の観点を押さえることで、SREツールの力を最大限に引き出すことができます。

(1)アラートポリシーの見直しと継続的な改善

アラートは「通知するもの」ではなく「行動を促すもの」であるべきです。SLOに基づいたアラートポリシーを策定し、ノイズを極力排除したルール設計を行うことが重要です。また、障害発生やインシデントレビューのたびに、アラート内容の妥当性を見直すプロセスを設けましょう。

(2)ツール間の連携と情報統合

複数のツールを活用している場合は、それぞれがバラバラに動いていては意味がありません。監視ツール、アラートマネージャ、インシデント管理、チャットOpsなどをAPIやWebhookで連携し、一貫したインシデント対応フローを構築することが求められます。

(3)ツール導入前に運用フローを定義する

ツールは既存プロセスを補強・効率化するものです。逆に言えば、プロセスが曖昧なまま導入しても機能しません。監視、通知、対応、振り返りといった一連の運用フローを明確化した上で、それに適したツールを選定・導入することが成功の鍵です。

(4)チーム内の習熟と共通理解の促進

ツールが有効に機能するかどうかは、最終的には"使う人"次第です。新ツール導入時には、目的と使い方を丁寧に共有し、トレーニングやオンボーディングを通じて習熟度を高める施策が不可欠です。

ツールは"導入して終わり"ではなく、"育てていくもの"です。その前提での設計と運用が、真の信頼性強化につながります。


5.技術的アプローチ:閾値設計・連携基盤・OSSと商用の使い分け

ツールを真に価値あるものとして活用するには、現場に即した技術的な設計や選定が欠かせません。以下に、実践的なアプローチを紹介します。

(1)アラート閾値の最適化設計

アラート閾値は、単に"反応すべきか否か"を決めるだけでなく、SLOやユーザー影響を加味してチューニングすべきです。例えば、「CPU使用率が90%」という閾値ではなく、「一定時間を超えてユーザー体感に影響する遅延が出た場合」といった条件の方が、実運用では有効です。動的閾値(Dynamic Thresholds)を使うことで、時間帯や負荷に応じた柔軟な監視が可能になります。

(2)ツール間のデータ連携とイベント統合

監視(Prometheus)、ログ管理(Loki/Elasticsearch)、アラート管理(Alertmanager)、インシデント対応(PagerDuty/Opsgenie)、通知(Slack/Teams)といった各ツールを、共通のイベントバスや統合ダッシュボードにまとめることで、異なる視点の情報を一元的に把握できます。Grafanaなどを使った可視化も非常に有効です。

(3)OSS vs 商用ソフトの使い分け

オープンソースのツールは拡張性とコスト面で魅力がありますが、運用の手間や設定の難しさがネックとなる場合もあります。商用ツールはサポートや使いやすさに優れますが、柔軟性に欠けることも。自社の運用リソースや求める可観測性のレベルに応じて、ツールの使い分けを戦略的に考えることが重要です。

技術選定の基準は「何ができるか」よりも、「何のために、誰が、どのように使うか」に基づいて検討することが大切です。


6.まとめ

SREにおけるツールチェーンは、信頼性と効率性を支える強力な基盤ですが、ツールそのものに頼るだけでは十分な成果は得られません。導入の目的が曖昧であったり、運用プロセスやチーム体制が伴っていなければ、ツールはむしろ混乱の原因となりかねません。

本記事では、よくあるツール活用の失敗例とその背景にある根本原因を振り返りつつ、ツールを真に価値あるものとするための設計・運用のポイントや技術的アプローチを紹介しました。アラート設計、ツール連携、プロセス整備、そしてユーザー教育----どれも「人」と「運用」に根ざした地道な改善こそが、ツールの力を引き出す鍵となります。

ツール導入後の効果に疑問を感じている方は、ぜひ一度、現状のプロセスや体制の見直しを検討してみてください。ツールの真価は、それをどう使うかにかかっています。

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  1. はじめに:なぜクラウド移行後に運用が不安定になるのか?
  2. 静的設計のままではスケーラビリティが活かせない
  3. 自動化なき運用は信頼性を損なう
  4. 見えないものは守れない:可観測性の再設計
  5. 金融業界におけるSRE導入の典型例:運用課題からの脱却
  6. セキュリティとコスト最適化:持続可能なクラウド運用のために
  7. まとめ:SREによる運用再設計がクラウド成功の鍵


1.はじめに:なぜクラウド移行後に運用が不安定になるのか?

多くの企業がクラウド化を進める背景には、スケーラビリティの確保や設備コストの削減、災害復旧性能の向上があります。企業のデジタル変革に向けた投資が活発化しており、既存システムのクラウド移行やモダナイゼーションが広範な産業分野で実施されています。

しかし、移行後に「障害が増えた」「コストが読めない」「運用担当者が混乱している」といった課題に直面する事例も多々あります。これは、オンプレミス時代の固定的・硬直的な運用思想をそのままクラウドに持ち込んでしまった結果です。

このズレを埋めるカギとなるのが、信頼性を重視する「SRE(Site Reliability Engineering)(※1)」です。Googleを発端に体系化されたこの考え方は、「SLI/SLO(サービスの品質指標と目標)」「自動化」「可観測性」「エラーバジェット」などの概念で構成されており、クラウド時代において運用品質を支える重要な手法を示します。


2.静的設計のままではスケーラビリティが活かせない

オンプレ環境では「最大想定負荷に合わせてリソースを余裕を持って設計」するのが一般的でした。しかしクラウドにこの発想をそのまま持ち込むと、高負荷時以外でも無駄な支払いが続き、コストが膨れ上がります。

クラウドで求められる設計とは、アクセス変動に応じて自動的にリソースを増減する「オートスケーリング」、耐障害性を確保する「マルチAZ/マルチリージョン(※2)」、そして再現性・変更管理のための「Infrastructure as Code(IaC)」です。

IaCを用いれば、TerraformやCloudFormationで環境をコード化し、変更プレビュー・差分適用といった機能で構成ミスを防ぐことができます。こうした柔軟かつ安全な設計が、クラウド活用の前提となります。


3.自動化なき運用は信頼性を損なう

クラウドでは環境構成の変更が頻繁に発生します。手作業での設定やデプロイではヒューマンエラーや構成ドリフト(※3)が避けられません。これにより、障害の原因追跡が困難になり、対応時間も伸びてしまいます。

そのためには、構成管理の自動化が不可欠です。TerraformやPulumiなどのIaCツールでコード化し、GitHub Pull Requestフローで承認・レビューを行います。また、GitHub ActionsやGitLab CI/CDなどを活用して、テスト済みの変更のみが環境へ反映されるようにします。

Kubernetes環境では、ArgoCDやFluxのようなGitOpsの導入が望ましく、構成ドリフトを防ぎつつ継続的なデプロイ運用を実現します。これにより、運用の再現性と信頼性が格段に向上します。


4.見えないものは守れない:可観測性の再設計

クラウド上では、サービスがAPI、Lambda、コンテナ、DBなどに分散し、構成も頻繁に変化します。従来の「CPU・メモリ監視」だけでは、サーバレスやマイクロサービスの挙動を把握できません。

ここでSREが導入するのが、「SLI」(応答時間、可用性などの指標)と「SLO」(その目標値)という考え方です。SLI/SLOを明確に定義することで、何が正常でどの程度の性能が求められるかが可視化でき、それに合わせて監視・アラート設計が可能となります。

監視ツールの選定も重要です。CloudWatchやAzure Monitorのようなクラウド統合型ツール、Datadog・New RelicといったSaaS型サービス、そしてPrometheus+GrafanaのOSSスタックを、システム規模と組織の成熟度に応じて組み合わせることが効果的です。また、誤検知やアラート疲れにも注意し、通知の質と粒度を最適化することが肝要です。


5.金融業界におけるSRE導入の典型例:運用課題からの脱却

SREの支援現場では、以下のような課題を抱えるケースが多く見られます。

例えば、ある金融系企業のクラウド移行プロジェクトでは、オンプレミスからAWSへ基幹系システムを段階的に移行した後、ボーナス支給時のピークアクセス時にAPIのレスポンスタイムが著しく悪化し、一部処理にタイムアウトが発生する事態が生じました。

調査の結果、リソース構成がオンプレ時代の静的なスペック設計を踏襲していたため、Auto Scalingの設定が不十分だったことに加え、モニタリングもインスタンス単位に留まっており、サービス単位での可視化やSLO設定が行われていなかったことが原因とされました。

SREチームは、インフラ構成のIaC化をTerraformで実施し、API単位のSLI/SLOを策定。CloudWatchとDatadogを統合してリアルタイムでの可観測性を強化し、Auto Scaling Groupの最適化とエラーバジェット管理の導入により、次のような改善が見られました。

  • 可用性は99.95%レベルに安定
  • 平均復旧時間(MTTR)は60%以上短縮
  • 運用コストは25%以上削減

このような取り組みは、あくまで一例ではあるものの、SREの導入が運用信頼性と効率の両立に大きく貢献することを示しています。


6.セキュリティとコスト最適化:持続可能なクラウド運用のために

クラウド環境は、柔軟な拡張性とオンデマンドなリソース利用を可能にする反面、管理を誤るとセキュリティ上のリスクやコストの肥大化といった問題に直面しやすい領域でもあります。特に、クラウドの利便性を優先した結果、運用が属人化したり、過剰な権限や不要なリソースが放置されたままになったりすることが少なくありません。

最小権限によるIAM設計

クラウドでは、ユーザーやシステムに必要な最小限のアクセス権限のみを与える「Least Privilege(最小権限の原則)」を徹底することが重要です。初期段階では利便性を重視して広範な権限を付与しがちですが、本番環境や長期運用においては、これがセキュリティインシデントの原因となることもあります。

この課題に対処するためには、以下のような工夫が有効です。

  • IAMポリシーをTerraformなどのIaCツールでコード化し、権限変更の履歴を明確にする
  • SSO(シングルサインオン)と一時的なセッションベースの認可を組み合わせて、常時高権限アクセスを防止
  • Pull Request(PR)ベースの承認フローを用い、運用チームによるレビューを標準化する

このような設計により、セキュリティと透明性の両立が可能になります。

可視化と自動化によるコスト管理

「使った分だけ課金される」クラウドの仕組みは、使い方によっては非常に効率的ですが、逆に「使っていないのに課金される」ケースも少なくありません。リソースの増減が容易な反面、不要になったサービスがそのまま放置され、コストが継続的に発生することがあります。

このような無駄を抑制するには、次のような対策が効果的です。

  • コストの可視化:AWS Cost Explorer や Azure Cost Management などのツールを活用し、リソース別の支出を定期的に確認する
  • タグポリシーの整備:プロジェクト、チーム、用途ごとに必須タグを付与し、責任の所在を明確にする
  • 不要リソースの検出と削除:Lambda や EventBridge を用いたスケジュールスクリプトで、未使用リソースを定期的に洗い出し・削除する
  • 割引プランの活用:Reserved Instances や Savings Plans を活用し、長期利用が見込まれるリソースに対してコストを最適化する
  • 異常支出の監視:AWS Cost Anomaly DetectionやAzure Cost Management Alertsなどの異常検知機能を使い、急激なコスト増加をリアルタイムで検知する

クラウドコスト最適化

これらの取り組みは、一度の導入で終わるものではなく、運用体制の中に「定常業務」として組み込むことが大切です。セキュリティとコストの最適化を継続的に実施することで、持続可能なクラウド運用基盤を構築できます。


7.まとめ:SREによる運用再設計がクラウド成功の鍵

これまで見てきたように、クラウド移行は単純な「新しい場所」への移行ではなく、運用文化の根本的な変革を伴います。SREはその変革を加速させ、信頼性・拡張性・可観測性・自動化・セキュリティといった多面的な指標での品質担保を実現する重要な手法です。

導入は段階的に進められるため、「SLI/SLOの定義」「IaCによる構成管理」「CI/CDでの自動化」「Postmortem(障害後の事後分析)の習慣化」といったステップを、中長期的に設計してください。

クラウド運用の成熟には、技術支援だけでなく組織の文化や仕組み作りが重要です。私たちアクセルユニバースは、設計から運用定着まで包括的にサポートします。まずはお気軽にご相談ください。

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参考

※1: 詳しくは 「SREとは?現代のITインフラを支える新しいアプローチ」 を参照ください。

※2:マルチAZ/マルチリージョン:複数の物理拠点(データセンター)にサービスを分散して配置し、障害時の影響を最小化する構成

※3:構成ドリフト:インフラの実際の状態がIaCで定義された状態と一致しなくなる現象



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